モンシロチョウの行動学

 モンシロチョウは日本ではどこにでもいるもっとも普通の蝶である。この平凡な蝶にもいろいろな営みが行われていて、その行動は実に神秘的で謎につつまれている。今から40数年前に、この蝶の行動に興味を持ち、その後の研究生活のほとんどをモンシロチョウの行動、特に「雄は如何にして雌を特定するのか?」の解明に費やした昆虫学者がいる。東京農工大学の小原嘉明教授(理学博士)である。
 小原教授が、2003年に著した「モンシロチョウ〜キャベツ畑の動物行動学〜」という本(中公新書)がある。その中には、モンシロチョウの行動の研究の内容が、その細かい実験手法や試行錯誤の苦労話とともに、分りやすく書かれている。

 以下に、この本のさわりを紹介する。
 
 雄は雌の翅を視覚的に見分ける。
 モンシロチョウの幼虫はアオムシと呼ばれ、キャベツ、ダイコンなどのアブラナ科野菜の大害虫である。成虫はキャベツ畑によく群れて飛んでいる。雄はキャベツの上を低く飛びながら雌を探すのだが、どうして雌を見分けることができるのか? 
 雌の胴体と翅を切り離して、どちらに雄が誘引されるかを調べた実験の結果、雌が雄を誘引して交尾行動に駆り立てる雌の魅力は、胴体ではなく翅にあることが分る。さらに、試行錯誤を繰り返しながら、雄は視覚によって雌を見つけることも分る。しかし、雄には目もくれず、雌のみ探し当てる雄と雌の翅の視覚的な違いはどこにあるのだろうか。人間にはどちらも白く見える翅の色に何か秘密があるのだろうか。

 昆虫は紫外線が見える。
 すでに多くの昆虫では、人間に見える赤が見えない代わりに、人間には見えない紫外線が見えることが分っている。モンシロチョウも紫外色で物を見ているのではないか。
 そこで、モンシロチョウの雄と雌の紫外線写真を撮ってみた。その結果、雄と雌の翅では、明確な違いがあることが分った。すなわち、雄の翅は紫外線を吸収して真っ黒に写るが、雌の翅は紫外線を反射して真っ白に写ることが確認された。
 これなら、雄は間違わずに雌を見つけることができる。

 こうして、雄は的確に雌を見つけて交尾行動に出る。しかし、雌はすでに交尾済みの場合は、尻尾を上に上げて、逆立ち姿勢をとる。こうすると雄は交尾することができない。雌が未交尾の場合は、比較的スムーズに交尾に至ることができる。
 このとき、モンシロチョウの場合は、雌を発見した雄は、その後特別な感覚刺激がなくても、交尾まで進むことができる。しかし、他の蝶(ミドリヒョウモン、ハイイロジャノメチョウ、アサギマダラの一種など)では、雄が雌のそばに寄った後、何らかの化学的刺激がないと、次の交尾のステップに入れない。この点では、モンシロチョウは蝶の中でも少数派に位置する。

 一方、雄に近寄られたときの雌のほうは、どうして雄を認識するのだろうか。これは、雄が近寄って翅をパタパタすると雌が反応することが分った。パタパタが無いと雌は何も反応しない。このパタパタはばたく行動が雄のプロポーズと認識して、雌が既婚の場合は、尻尾を上げて拒否行動を起こし、未婚の場合は受け入れるわけである。雌は雄の翅の視覚的な動きを感知しているようである。ただし、視覚的な刺激だけでなく、接触による刺激も雌は感知している可能性も考えられている。

 イギリスと日本のモンシロチョウの違い
 このほか、世界的な視野から見たイギリスのモンシロチョウ、中国大陸のモンシロチョウの話が興味深い。イギリスのモンシロチョウの雌は、紫外線の反射が弱く、紫外線写真では雄ほどではないが、かなり黒っぽく写る。そして、中国大陸(中国東部)のモンシロチョウは、日本のような真っ白な雌とイギリス型の薄黒い色の雌が混在する。
 このことは、モンシロチョウのルーツと雌の紫外色の解明に大きな示唆を与えており、小原教授は、すでに遺伝子(DNA)レベルでの分析にも着手している。
 
 以上、この本の「ほんのさわり」を紹介した。このような内容が、一般の人でも読めるように平易に書かれている。また、細かい実験の進め方や実験手法についても書かれているので、昆虫の行動学の研究に携わる人にとっても、大いに参考になると思う。 (2006.10.23)


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